競馬コラムニスト ・ 北野義則

競馬コラムニスト ・ 北野義則の軌跡

<今までの連載・執筆実績>

  • サンケイスポーツ(関西版)「WIN5実録二億円事件簿」
  • サンケイスポーツ(関西版)「地獄の沙汰も3連単」
  • サンケイスポーツ(関西版)「地獄の沙汰も万馬券」
  • サンケイスポーツ(関西版)「GI荒唐戦術」
  • サンケイスポーツ「有馬記念 三文オペラ」(連載小説)
  • サンケイスポーツ「三つ子の魂、有馬で」(連載小説)
  • サンケイスポーツ「馬と話す男」(連載小説)
  • サンケイスポーツ「古傷」(連載小説)
  • サンケイスポーツ「混浴露天風呂奮湯記」(連載小説)
  • サンケイスポーツ「猫だまし」(連載小説)
  • サンケイスポーツ 「荒れま記念」(短期集中連載)
  • 週刊Gallop 「馬の耳につむじ風」
  • 週刊Gallop 「男と女のウマ劇場」
  • 週刊Gallop 「ダービー激走譜」(巻頭特集)
  • 週刊Gallop 「3連単・俺はこう買う」
  • 週刊Gallop臨時増刊 JRA重賞年鑑
  • 週刊100名馬 「実録馬券回想録ー名馬の耳につむじ風」
  • 夕刊フジ 「ボクら芸能界の馬券交友録」
  • 夕刊フジ 「一攫万金・ギョーカイ馬券」
  • 夕刊フジ 「悠々自爆・ギョーカイ馬券」
  • アサヒ芸能 「天声人馬」
  • サラブレ 「全部見せます中央競馬」
  • 東京馬主協会会報誌 OWNERSHIP 「優駿讃歌」
  • 至高の馬券術、馬劇場、競馬グランプリ、KASHA、FLASH、競馬の達人
  • ミデアム出版社「おとなの馬券学」

<その他の連載・執筆実績>

競馬コラムニスト ・ 北野義則、波乱の競馬歴

初めて馬券を購入したのが、18歳(高校3年)の時。が、翌年、道頓堀場外で補導される…。
競馬に足を踏み入れたきっかけは、競馬通の祖父と叔父(共に既に他界。涙)。
2人が親子で競馬中継に熱中する姿を見て、素晴らしい趣味に感動したため。

1979年~ 秋の天皇賞が馬券デビュー。メジロイーグル =バンブトンコートの枠連8ー8で勝負し、ブービーと殿りに終わるというホロ苦デビュー。ゾロ目でデビューするあたり自身の将来を暗示している。

有馬記念/天皇賞でハナ差で敗れたメジロファントムから勝負し、グリーングラスとの2-6 1450円を奪取。生まれて初めての的中馬券!!

1981年~ 祖父がカツトップエースが勝利した皐月賞で大穴を獲る。が、興奮して寝こみ、競馬新聞を握り締めたまま布団の中で昇天。その壮絶な死にざま (生きざま)にまたまた感動する。これで競馬道を極めようと決心。

競馬を極めるにはまず馬を知れ !と大学の馬術部に入部するも、馬の世話の辛さに耐えられず、退部。根性無し・・・。

アルバイト先の毎日放送で万馬券ハンターだったI部長に師事。毎日放送競馬愛好会の参謀を務め、本格的に馬券師として活躍 ??する。

枠連で年間7本程度の万馬券をコンスタントに獲るも、ある年、狙いの穴馬が人気馬と同居して本来のオッズで払戻しを受けられないという枠連制度に反発し単複派に鞍替え。1年間、単 5000円、複10000円のセットで馬券を買い続け、年間収支を初めて大幅プラスとする。

1枠1頭制 (現・馬連)の導入を声高に叫び続け、導入発表直後に馬券からいったん足を洗う(作戦を練るため)。

馬連試験発売初日。函館に飛び誰よりも先に馬連を獲るべく1Rから馬連で勝負する・・・予定も、飛行機の到着が遅れ、2Rからの参加となる。ちなみに1Rは9頭立てのアラブレースで、8枠の人気の無い方が来たら馬連のPRになると読みきり、結果もその通りになったのに間に合わなかった。痛恨の飛行機遅れだ !!……それでも初日に30倍の馬連を獲る。

1994年 夏。夕刊フジ紙上で小倉のやまなみSのピアロッチ= ナリタフジヒメで決まった169倍万馬券を本命=対抗で的中させ、翌日の見出しになる。

春に出した「弱気なヤツほど万馬券が獲れる」がベストセラーとなる。続いて秋に「月曜日だ万馬券が獲れる」を出して、またまたベストセラーとなった。

1995年 マイルCSでトロットサンダーから総流しをかけ、悲願の 10万馬券を獲る。夕刊フジ紙上で馬券を取り上げられ、ファンからもお礼を頂き感激する。…..ちなみにこの日、京都と新潟を合わせて万馬券を4本獲り自己新記録を達成。年間の万馬券奪取本数も36本となりこれまた新記録。年間収支大幅プラス達成、と競馬にツキまくっていた1年だった。

ABC「人類学ウラ講座」の「ビギナーズラックはあるか?」という実験VTRに協力し、お天気博士の福井さんと京都競馬場で馬券対決。テレビの前で200倍馬券を2本連続で的中させ、挑戦者の福井さんを退ける。

1997年 皐月賞。サニーブライアン =シルクライトニングが1、2着に入り、夕刊フジ紙上で517倍馬券を本命=対抗で的中させて絶賛される。自身も大儲けし、100万円を束ねてあった紙帯に大西騎手のサインを貰い、お宝とする。

あまりの1着3着の多さに辟易し、週刊 Gallop誌上で三連複馬券(後のワイド)の導入を叫び続け、それを読んだ(と思われる)JRAが導入を決定。ワイド馬券導入の立役者となる。

1999年 夏。小倉の未勝利戦で 1800倍馬券を的中させ、自己新記録を更新。

秋。初めて前夜祭イベントにゲストパネラーとして出演。菊花賞の軸馬としてラスカルスズカを推奨し、痛恨の3着。

2000年 万馬券必勝法&ワイド馬券攻略」のテーマでグリーンチャンネルのホース・ステーションに出演。反響の多さに驚く。

春。桜花賞のイベントに出演し、今度はマヤノメイビーを推奨して 80倍を的中。以後、いい気になってゲストパネラーとして出まくる。

年末。サンスポに競馬小説 「有馬記念三文オペラ」 を連載。

2001年 主催のトークショー「競馬向上委員会」を自分で構成して出演。「委員長」に就任する。

著書「馬券練習帳PARTⅡ」が東京・八重洲ブックセンターの「趣味・実用」部門でベストテン入り。

夏。JRAに依頼され、阪神競馬場でビギナー向け競馬ツアーの講師を務める。

秋。MBSラジオ「大スキッ!競馬ワールド」を企画。半年間、自分で構成してしゃべりまくる。年末には長編競馬ラジオドラマ「有馬記念病院」(主演:佐川満男、奥山佳恵)を執筆。

年末。サンスポに競馬コメディ 「三つ子の魂、有馬で」 を連載。

2002年 グリーンチャンネル「うまくら」のマンスリーコメンテーターとして出演。3月の時点でクラシックホースはノーリーズンと予言。

夏。3連複・馬単の試験発売に参戦のため福島競馬場へ乗り込み、サンスポ、Gallop、夕刊フジにルポを書く。

グリーンチャンネル「クラシックパーク」のレギュラーになってしまう。

秋。大阪で「ターフメディアカレッジ」を開講。受講生の皆さんと楽しい日々を過ごす。

年末。サンスポに 競馬同時進行小説「馬と話す男」 を連載し、主人公が有馬記念で1億6000万円を当てる。

2003年 エッセイを連載していた「週刊100名馬」がJRA馬事文化賞を受賞。盛大なパーティーに招かれる。

春。MBSラジオで「ちゃやまち競馬大学」を立ち上げ、自ら出演。

秋。中山競馬場のイベントで、場立ち予想初体験。1枚100円、4鞍で27,500円を売り上げる。

知り合った獣医さんと共著で、日本競馬改造提案書「日本競馬7つのバカ~競馬界さま、おクスリ出てます」を出版してしまう。

年末。サンスポに 有馬記念同時進行サスペンス「古傷」 を連載。

2004年 春。POGデータ辞典 「カンニングペーパー~まちがいだらけの馬選び~」 を監修、出版。事務所総出で膨大なデータをかき集める。ネット限定発売にもかかわらず大好評。

夏。札幌競馬場での3連単馬券先行発売に参戦。38万円の高配当をいち早くゲット。

秋。「おとなの馬券学」に長編馬券ルポ、週刊「アサヒ芸能」にコラム「天声人馬」の連載を開始。

関西テレビ「JRA50周年記念番組」の台本を執筆。

年末。サンスポに 有馬記念同時進行ドキュメント「混浴露天風呂奮湯記」 を連載。

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