競馬小説 2003

競馬小説 2003

北野義則 秘密の館 有馬記念・同時進行小説

北野義則が2000年から2005年までの毎年末(有馬記念ウィーク同時進行)、 サンケイスポーツ関西版に連載したノンフィクション・フィクション。 そのすべてを紹介するのが、この「競馬小説の部屋」です。

有馬記念同時進行サスペンス・古傷

メジロファントムが人生砕いた ~泥棒やめて、現在はスナック経営~ (2003年12月25日付掲載)
 本橋忠は、泥棒だった。緻密な計画を練る怪盗ルパン張りの知能犯ではなく、強引で勝負が早かった。一気に金庫ごと奪うのだ。
「カネ、カネ、キンコ」と、わざとたどたどしい日本語を使って脅すので、被害者は犯人を外国人と思い込み、彼は丸4年間、捕まることはなかった。
 しかし20年前、本橋はついに御用となり、刑期を終えた後、加藤将美という女と恋に落ちて結婚。その後の彼は、超のつく真面目人間へと変貌を遂げ、妻とともに、京阪・香里園の駅前で小さなスナックを経営していたのである。
 
 2003年の師走、一人の男が本橋の店を訪ねてきた。やや小太りで、ギラギラ光る金縁の眼鏡をかけている。この男こそ、かつて本橋をムショに送った敏腕刑事・森友昭夫であった。
「小ぎれいな店やなあ」
「も、森友のダンナ!」
「捜したわ。何で香里園なん? 新地までとはいわんけど、せめて京橋とか天六とか、街なかに出といでえな。こそこそ隠れてんと」
「こそこそやなんて。私は堂々と働いてますよ」
「ほうかいな。商売繁盛で結構なこっちゃ。今は稼ぎ時やし。そない言うたら、ぼちぼち有馬記念やなあ、お前の好きな…」
「へへ、ダンナ、まだそんな話を…」
 
 本橋は、「有馬記念」と聞くと、今も憂鬱になる。
 24年前、博打好きだった彼は、有馬記念で大勝負をかけた。大崎が駆るグリーングラスと、加賀が駆るカネミノブとの豪腕馬券、その1点に家財道具一式を売り払って突っ込んだ。グリーングラスは勝ったが、カネミノブは不利を受け、メジロファントムに割り込まれて3着に沈んだ。
この1着3着馬券がきっかけとなり、彼の人生は狂った。無一文になった本橋は人様の金に手をつけ始め、やがて金庫泥棒にまで成り下がったのである。
 
 悔恨の念…。痛む胸を引き裂くかのように、ドスの利いた森友の声が響いた。
「3日前、この近くのスーパーの金庫がパクられかけたん、知っとるケ?」
「ええ、まあ…」
「犯人が『カネ、カネ、キンコ』て言うたんやて」
「!」本橋は蒼ざめた。
森友もオペラオーに泣かされ… ~ドトウに10万、ハナ差でパー~ (2003年12月26日付掲載)
 本橋の地元のスーパーで金庫が狙われた。その手口は、かつての本橋の手口そのものだった。
「ま、まさか主人を…」
 心配した妻の将美が思わず声を挙げた。興奮する将美を諭すかのように、森友刑事が語りだした。
「わしらは疑うのが商売やさかいね。手口がね、似てまんねん。なあ本橋、3日前の夜中3時頃、どこで、何しとったか言うてみ?」
「主人はずっと店にいてます! 今は仕事一筋。こんな真面目な人が…」
 血相を変えた将美に向かって、森友が怒鳴った。
「アンタに訊いてまへん!知らんからやんかアンタ。この男昔ね、ペストル持ってたんでっせ、ペストル」
「ペストル?」
「ピストルや。ナマってはんねん」
 本橋が小声で翻訳した。
「それでわしのドテッ腹に風穴開けたんでっせ。風穴。全治1年でっせ1年。痛かったわ、ほんまに」
 本橋が割り込んだ。
「ダンナ、これ以上、女房の前で作り話するのは勘弁してくださいな」
「女房の前? それもそやな。ほな、署まで来てや」
 森友が本橋の左腕を抱えた。本橋は泣き叫ぶ妻にすぐ帰ると言い残し、森友とともに署に向かった。
 
「早よ吐いて楽になり。もうイカにタコにトロに、ネタは上がってんねんで」
「ダンナ、何かあるごとに私を疑うて。またですか。ただただ、昔の恨みで…」
「痛いこと言いな。ほなホシは誰よ? わしなあ、ここ3年ほど、ほんまにインケツやねん。これ見て」
 そう言って森友は、3年前の有馬記念で、メイショウドトウに10万張った単勝馬券を見せた。本橋は驚いた。
「ダンナが競馬を?」
「うん。ええとこついてるやろ? 10万がハナ差でパァや。オペラの怪人め…」
森友は涙目になった。
「昔、競馬で負けて腐ったお前の気持ちがわかるわ。最近、誰も検挙できん。ツキを変えたいんや。お前、昔から馬券…、上手やったなあ。今年は何来るん?」
「……。そんなことより、早よ釈放して下さいよ」
「ああ。けど、一つだけ吐いてもらおか。20年前、わしのドテッ腹に風穴開けたん、やっぱりお前やろ?」
「さあ…。身に覚えが…」
「頼む。それだけ言うて。わしな、あれから20年、気になって気になって熟睡したことないねん」
 本橋は釈放された。しかしこの後、恐ろしい事態が待受けていたのである。
ボス勝ってたら1億超え ~マンハッタンカフェの猛追で…~(2003年12月27日付掲載)
 証拠不十分で釈放された本橋が戻ると、店には二人の若い男がいた。
「ボス、会いたかった」
 小町隆之と正本茂。泥棒時代の手下であった。
「何しに来た。帰れ!!」
 本橋は怒鳴りつけた。
 小町がヘラヘラと笑いながら一枚の馬券を見せた。
「愛想もヘッタクレもおまへんな。これ見てちょ。ボスに誉めてもらおと思て、おととしの有馬記念で買うたアメリカンボスの単勝。勝ったら1億超えてましんたんやで。けど、マンハッタンが来はったんですわ」
何とごつい馬券を買う勝負師やなあと感心しつつ、本橋は平静を装った。
「それがどないした?」
「やっぱり俺らて、ちと勝負弱い。で、泥棒稼業に舞い戻り。3日前もちょっとだけ荒らしてましてん」
「ああ、知ってる。手口でお前らやと気づいたわ。けど、しくじったらしいな」
 金庫泥棒に失敗した二人は、シャバに戻った、かつてのボスである本橋のもとへ、新たな略奪計画を持ち込んだのだ。それは、銀行を爆破して1億円入りの金庫を奪うという、とてつもない計画であった。
 本橋がけんもほろろに追い返そうとしたため、二人は態度を豹変させた。
「キャ~!!」
 横にいた妻の将美が叫んだ。小町が将美を羽交い締めにし、正本が将美の首にナイフを突きつけたのだ。
「女房から離れんかい!」
本橋は血相を変えた。
「奥方は預からせてもらいまっさ。計画に加わってくれたらお返しします」
「そんな…。待て!」
二人は店の前に停めていた軽トラックの荷台に将美を放り込み、竜巻のように立ち去った。
 本橋は茫然と立ち尽した後、店のボトルを全部ストレートで飲み干した。24年前のあの日、メジロファントムさえ2着に突っ込まなければ…。そして2年前のあの日、マンハッタンカフェさえ差し切らなければ…。競馬に翻弄された己れの運命を恨み、彼は唇を噛んで血を流した。
 
「何やて? わしに、助けてほしいやと?」
 自ら署を訪ねた本橋から出た言葉に、森友刑事は腰を抜かした。  本橋は、妻が誘拐されたこと、その犯人こそが3日前のスーパーの金庫泥棒であることを森友に告げた。
 時間がなかった。小町と正本の二人は、妻の命と引き換えに、恐ろしい条件を提示していたのである。

走れツルマル!1億円のために ~人質の妻残し…中山へGO~(2003年12月28日付掲載)
 妻を略奪された本橋は、その命と引き換えに小町と正本が提示した条件を、すべて森友刑事に話した。
「ホシを知ってたんなら何で言わんかった? はは~ん、昔のダチかいな」
「さすがはダンナ」
「ほたら何かい? 1億円の金庫破り計画に加わるか現金で1億円用意するか、二つに一つやて? よし!嫁ハンはあきらめっ」
「う~ん…アホ言いな」
「うっそ。お前の古傷に触った詫びや。助けたろ」
「ありがたい」
「その代わり条件がある。20年前、わしの腹に風穴開けたこと、白状しいや」
「記憶にございません」
「頼むわ。ほんまに気持ち悪いねん。熟睡させて」
 
  28日の早朝、森友は、1万人の部下を連れ、誘拐犯のアジトへ緊急配備した。
「ええか本橋、仲間に加わると嘘ついて嫁ハンを受け取り、すぐ逃げっ! 犯人は射殺や。速攻で撃つ」
「そんなアホな…」
「わしのやり方や!」
 だが、事態は急転した。武器を使いたくてウズウズしていた部下達が、威嚇射撃をしてしまったのだ。
「ボス、騙したな!」
 怒った小町に正本が、人質の将美に向けていた銃口を、こちらに向け直した。しかし本橋は、後先も考えず、妻のもとへと走った。
「よせっ! 本橋ぃ!!」
 危険を察知した森友が、本橋に体当たりした。男の友情が芽生えたその瞬間、ズド~ン! 鈍い銃声が轟き、一人の男が倒れた。
「当たった。よりによって…またわしに。よりによって…またドテッ腹に…」
「ダンナ、しっかり!」
「も、本橋…頼みが…」
「何でも言うて下さい!」
「わ…わしの腹に…風穴…開けたん…お前やろ?」
「そうです。私です!」
「ほらみてみ…。これでやっと…熟睡…できるわ」
 
 森友は、死んだ。その手には、1枚の馬券が握り締められていた。今日の有馬記念の前売馬券だった。
 ①ツルマルボーイから、ロブロイ、チャクラ、デジタル、クリスエスへの3連複①②⑦と①②⑪に50万ずつ、①⑦⑪に30万、①⑦⑫に70万、①⑪⑫に100万の計300万円分である。
 森友が書いたメモも見つかった。『亡き妹ツルマルシスターへの鎮魂歌。ツルマルボーイの末脚炸裂』
 彼は慌ててサンスポを取り出し、オッズを調べた。どれが入っても1億円超。何と森友は、将美を救うために苦手な競馬を研究し、自腹を切って1億円の段取りをしてくれていたのだ。
 メモには続きがあった。
『古傷が疼くわ。どうせ先のない命、はした金やが、救える命に使てんか』
 友よ…。本橋は人質の妻を残し、とりあえず中山へ走った。

<完>

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