競馬小説 2000

同時進行フィクション 競馬小説2000

同時進行フィクション 北野義則の秘密の館 有馬記念

北野義則が2000年から2005年までの毎年末(有馬記念ウィーク同時進行)、 サンケイスポーツ関西版に連載したノンフィクション・フィクション。 そのすべてを紹介するのが、この「競馬小説の部屋」です。


同時進行フィクション・有馬記念 三文オペラ

 

夢は3億円に膨らんだ ~複勝ころがし30倍に~(2000年12月21日付掲載)
 「我が社が来世紀も存続しているかどうかは、このクリスマスイブにかかっている!」
社長の本橋忠が、いきなりわけの分からないことを言い出した。
「しゃ、社長、今になって何をおっしゃるんです?」
「クリスマスイブって、すぐそこよ」
専務の小町隆之と秘書の加藤将美が目を丸くした。
社員は以上である。3人の会社なのだ。会社の名はカンケイスポーツ。その名の通り、スポーツ関係グッズなら何でも製作してしまおうというベンチャー零細企業である。
アイデア商品を中心に全盛期はぐんぐん売り上げを伸ばしたが、調子に乗り過ぎ、仰木監督がオリックスを優勝に導いた時、「扇マジック」という名の扇子型の応援グッズを大量に作って失敗。大負債を抱えて今日に至る。
「あの頃はよかったわなあ、ほんまに…」
本橋が鼻から出たタバコの煙を在庫の扇マジックであおぎながら、壁の額に目をやった。平成5年、有馬記念でのナイスネイチャの写真が額に飾られている。ボロ儲けバブル時代、本橋の新地通いが始まった。『チュウ』というクラブのNo.1に入れ上げ、札束がびっしり詰まったアタッシュケースをこれ見よがしに開いては、湯水のごとく小遣いを与えた。女の言うがままに、何のこっちゃ分からないブランドもののスーツやバッグも、腐るほど買い与えた。お店で裕次郎を熱唱する彼に温かい拍手を贈ってくれたのは、その女だけだった。女の名は将美。今、本橋の目の前で、ハナクソをほじくっている。
バブルが崩壊して間もなく、『チュウ』も崩壊。行き場を失った将美を、本橋は秘書として雇った。平成3年冬のことである。
その年の有馬記念、ナイスなネイチャンだった将美にあやかり、本橋はナイスネイチャの複勝に1000万円投資した。彼は元来、ダジャレを好んだのである。
ナイスネイチャは3着に入り、バブルの残り火は、2200万円に膨らんだ。彼はその金を1年間温め、全額を翌年、再びナイスネイチャに突っ込み、また全額を翌年、みたびナイスネイチャに突っ込んだ。
ナイスネイチャは3年続けて3着となり、当初の1000万円は実に3億円にまで膨らんだのだった。
「あそこでおやめになっていれば…」
バブル時代の貯蓄で家を建てた堅実な小町が、「扇マジック」の在庫を七輪にくべながら、独り言のように言った。
平成6年、3億円を肩に載せたナイスネイチャは5着に沈んだ。調子に乗ると歯止めが利かないところが、本橋の弱点だった。「あの3億円を今年の有馬で取り返し、会社を存続させるデ! 我々はあの金をJRA銀行に預けてただけやねんから」
本橋が威勢よく吠えた。白けたムードがオフィスを包んだ。将美が粘り気のあるハナクソを鼻の奥からやっと取り出し、デスクの下になすりつけた。

ユニーク“映画予想”でズバズバ大穴 ~新地の女カリスマ馬券師~(2000年12月22日付掲載)
 スポーツ関係グッズを扱う零細企業・カンケイスポーツの社長・本橋忠。実のところ彼は、かつて周囲から“競馬の鉄人”と称されたほどの馬券師であった。
秘書の加藤将美は、ホステス時代に彼の指南により馬券を買い始めたが、独特の予想でズバズバ大穴を当て、“新地の女カリスマ馬券師”と呼ばれた。特に有馬記念を得意とし、これだけは鉄人・本橋も、一目置かざるをえなかった。
「今年は映画に関係ある馬、出て来るんかなあ?」
本橋が尋ねると、ハナクソを取る将美の手がピタリと止まった。もう往年の色気も何もなかったが、女優を目指して映画に夢中になっていた若かりし頃を思い出し、その瞳は見る見る少女のそれになって輝いた。選ばれし至高のスターたちの競演。だから有馬記念は、映画に縁のある馬が来る。これが将美の持論である。
『皇帝円舞曲』からシンボリルドルフ、『ジェームスボンド』からユーワジェームス、『ライアンの娘からメジロライアンとナリタブ“ライアン”、『松田優作』からダイユウサク、『マックイーン』からメジロマックイーン、『パーマーの危機脱出』からメジロパーマー、『レガシー』からレガシーワールド、『アマゾネス』からヒシアマゾン、『トップ・ガン』からマヤノトップガン、『サンデー・ラバーズ』からマーベラスサンデー、『ジャスティス』からシルクジャスティス…。
将美の映画予想はそら恐ろしいほど当たった。本橋は手にしたサンスポの過去の成績欄に目を遣り、今までの将美の的中率を思い起こして腕組みをした。
なのに本橋は2年前、ステイゴールドから馬連大勝負を懸け、3着に泣いた。
「あの時も私、『ワンダラーズ』からグラスワンダーって言わなかった?」
「言ったような気もする。そんな映画、俺は知らんさかいなあ…。『007ゴールド・フィンガー』からステイゴールドを引っ張り出してしもたんや」
「社長、何もそんなややこしいところから引っ張りださなくても…」
専務の小町隆之が小声でボソッと突っ込んだ。
「それより将美ちゃん、今年は何が来るん? その映画の馬ってやつ…」
小町はもう、ヤケクソだった。自身の会社の運命が馬券に託されるのは辛かったが、本橋が、止めても聞かない石頭であることを彼は百も承知していた。
「そうね…。『シークレット』っていう映画があったからホットシークレット。それと『テキサスの5人の仲間』っていうのがあったから、ダイワテキサスもいいね。あとはズバリ『東宝』シデンかな」
「う~ん、なるほど。そやけど『海燕ジョーの奇跡』ちゅうのもあったから、ジョービッグバンもええんと違う? それに『マイウェイ』から『ゴーイングマイウェイスズカ』…な~んてね。はは…この5頭BOXでいこうか。うははは…」
ボカン! 本橋が小町をぶん殴った。

オペラ王外したワイドだ! ~「3着当てるの得意」に本橋ピクッ~(2000年12月23日付掲載)
 本橋にぶん殴られた小町は、鼻血を垂らしながら彼をにらみつけた。もちろん、会社の運命を託す馬券をケントクで買おうなどとは本気で思っていない。
カンケイスポーツ専務の小町隆之。彼はある事件を契機に、博打から完全に足を洗った。
時代がバブルの絶頂へと向かっていた13年前。小町は本橋の薦めで、有馬記念で初めての馬券を買った。ダービー馬と菊花賞馬で鉄板だという下馬評を信じ、この1点勝負に出たのだ。しかし、メリーナイスは落馬し、サクラスターオーは競走中止。あまりの勝負弱さに妻はあきれ、実家へと帰った。それから彼は貯蓄の鬼と化し、家を建てて妻を呼び戻したのである。「社長、本気で勝負するならテイエムオペラオーから1点に絞りましょう。これが博打ではなく投資であるならば…ですよ」
小町がそう言うと、本橋の唇がプルプルと震えた。
「テ、テイエム…オ、オペラオーやとぉー…」
ボカン! 本橋がまた小町をぶん殴った。
思い出したくなかった。本橋は去年、オペラオーを軸に、グラスワンダーとスペシャルウィークへの2点の馬連に500万ずつ賭けた。借金返済を確信したゴール寸前、オペラオーは差されて3着に沈んだ。
「そう言えば社長の馬って3着ばかりね。ナイスネイチャにステイゴールド…それにオペラオーまで」
将美が、プチプチとまゆ毛を抜きながら笑った。
「何やと。『オペラ座の怪人』からテイエムオペラオーやと言うたのはお前や」
「あらそうだったっけ?」
「くそっ。オペラオーだけは死んでも買わん!」
本橋がほえると、小町が口から流れた血を手の甲でぬぐいながら起き上がった。
「社長、冗談はやめて。会社の金ですよ。堅~く、絶対に負けない確実な馬…」
ボカン! 本橋がまた小町をぶん殴った。
「今年のオペラオーを買うほどの資金がどこにある? どれだけの業者に支払を待ってもろうてるか、分かってるのか貴様は…」
実際、もの凄い借金だった。「扇マジック」の業者だけでも5000万の支払が残っているのに、他にもスワローズの応援用傘をコンパクトにした「傘ぱらん」の業者に4000万、茶の葉を詰めたスポーツ観戦用枕「茶マクラ幕府」の業者に3000万…。滞っていた支払いは何だかんだで2億円にも上った。よくもこれだけくだらない商品ばかり開発したものだ…。本橋はため息をついた。「そうだ! ワイド馬券という手がある!」
小町が折れた歯を拾い集めながら、よろよろと起き上がった。
「ワイドやとぉ? そんな生っちょろい馬券で会社を立て直せると思てるのか」
「あら、名案じゃない。オペラオーが出ていないと思えばいいのよ。オペラオーとの馬連より、それを外したワイドの方がオッズをつけるかもよ。3着を当てるの、得意じゃない」
将美の言葉に、本橋のまゆがピクリと反応した。

冗談から“駒”ビッグバン狙いだ ~『カンスポ』の運命やいかに~(2000年12月24日付掲載)
 2000年12月23日。カンケイスポーツ社長の本橋忠、専務の小町隆之、秘書の加藤将美の3人は、会議室で有馬記念の検討に入った。部屋は在庫の山で、3人座るのがやっとだった。「かき集めた資金は5000万や。ともかく穴を買お。もう後がない」
「穴馬は少ないけど、3着なら十分にあるわ。おととしのステイゴールドは11番人気、4年前のマイネルブリッジも14番人気よ」
将美は真剣だが、小町はそうでもない。
「ジョービッグバンはどうですかね? 借金を取り返すには最もふさわしい名前かと…わははは…」本橋はまた小町をぶん殴ろうとしたが、その手を寸前で止めた。この馬は宝塚記念で9番人気で3着に来ており、今年最初の中山金杯でも勝ちあがっている。それに気づいたからである。
「臭いな。血統的にも距離は心配ないし、前走、勝てるわけがないレースでの15着は関係なし。ここへのローテーションを考えての調教代わりや。宝塚記念でのオペラオーとの差はコンマ1秒。3着なら十分やな」
「前に行けるのも強みやね」
将美が賛同したため、小町は焦った。
「私は冗談で言ったんですよ。そんなキツイ馬…。メイショウドトウを軸にした方が無難かと…」
「無難な馬券で借金が返せるか! ともかく、差す展開になればオペラオーとドトウが来てしまう。穴を開けるのはこの2頭より前に行ける馬しかないんや」
「じゃあ、逃げ宣言のホットシークレットと、去年逃げたゴーイングスズカもいいとこじゃない?」
「ホットの大逃げは怖い。スズカは去年6着やったが今年の方が体調がええし、メンバーが弱い。これも3着の資格ありや」
小町の顔が蒼ざめてくる。
「ま、まさかその3頭BOXなんて言わないでしょうね。何べんも言いますが、会社の運命が…」
「そしたらお前のドトウも加えて4頭のBOXなら文句ないやろ。まずワイドの⑤-⑬に2500万。残りの③-⑤、③-⑨、③-⑬、⑤-⑨、⑨-⑬に500万ずつ。これで会社の存続は決まりや。もしオペラオーが沈めば3つ当たる。その時は逆に悔しいから、この6点の馬連も1000円ずつ押さえよか。これで万全や!」
「せ、1000円て…」
小町は観念した。バブルの中を泳ぎ、いい目もした。このレースで会社がツブれても、もう悔いはない。「話は決まりね。疲れたし、音楽でも聴かない? いいの、持って来たのよ」映画オタクの将美が、古いカセットテープを取り出した。クルト・ワイルの物憂げな音楽が流れてくる。
「何や、この曲?」
「ブレヒトの戯曲『三文オペラ』よ。これで願いを掛けるの。オペラオー、なんぼのもんじゃいって」
「ほう。何やかんや言うても、お前はええ女やなぁ」
「ま、三文オペラの物語のように、皮肉な結果が待ち受けてるんでしょうなぁ」
ボカン! 本橋がまた小町をぶん殴った。会社の運命は今日、決まる。

<完>

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